精神疾患とアジール

何処で道を誤ったのかつらつら省みるに、やはり十代前半の生活環境が大きく影響を及ぼしているのではないかと思った。
もはや取り返しが付かないことは承知の上だが、どうせ人生の折り返し点を過ぎた身として、一花咲かせてみようというのが人情ではないだろうか。
人付き合いが苦手?たまたま相容れない環境に迷い込んだだけに過ぎない。環境に適応しようとすると自ずから無理が生じてしまう。
前回の職場はその点で最悪な環境であったといえよう。
面倒な対人関係に加え、常に板ばさみという非常に厄介でストレスフルな立場にいることを強いられ続けてきた。ここまで壊れるとは自分でも予想し得なかったほどだ。
何故か?
環境に順応できなかった自分に非があるのか?過度の期待或いは疎外してきた周囲の人間が悪いのか?
正解はまだ見つからない。そもそも正解などない難問を一人で背負ってしまったのではないだろうか。
唯一、我が身の不始末と認めざるを得ないのは避難場所を設けておかなかったことに尽きる。仕事以外での人付き合いをもっと大切にしておくべきではなかったかと悔いることもある。
即ちアジールの必要性。それも日常から完全に切り離されていなければ意味を成さない。
その意味では既に精神を病みはじめていたが心療内科クリニックへの通院はアジールとして機能していたともいえよう。
ギャンブルもある意味アジールの役目を果たしてはいたが、アルコールと同様一時の気休めに過ぎなかった。
太陽を直視すると目が潰れるように、現実を直視すると心が潰れる。故にフィルターとしての逃避妄想領域が必要となるのである。現実逃避を非難する意見は多いが、同じ主張をする輩が「自殺は卑怯だ」と明らかに矛盾することを平気で口にするのが現状である。しかもこの言葉が凶器であり暴力であることに気が付いていない。
 「逃避」「妄想」「片思い」これこそ生きるモチベーションに繫がり得ることは広く知らしめることさえできれば、前述のような言葉の暴力によってどん底まで追い詰められる不幸な犠牲者を減らすことができるのではないだろうか。

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