入院中のメモ書きより

「天皇制ファシズム」などという、最近では左翼(まともな左翼に限ってのことだが)でさえも使うことを躊躇う言葉(概念)があるが、敢えて肯定的にこの言葉を意味を考察してみたい。
 大衆社会は発展→暴走→自滅というプロセスを辿る宿命にあると仮定する。この宿命から逃れるには大衆個々の自覚則ち霊的進化が必須である。しかしながら「縁なき衆生は度し難し」の譬えの如く、自力にせよ他力にせよ既に野に放たれた者をすくい上げるのは甚だ難しい。
 ここで権力による抑えつけが必要となるが、実際のところお灸を据える程度の意味に考えてよい。ファシズムとかスターリニズムという権力による抑圧体制は謂わばこのお灸にすぎない。
 そこまで徹底せず権力よりも権威による矯正、お灸とまではいかず少し刺激の強い膏薬あるいは苦い飲み薬、これが「天皇制ファシズム」なるものの本質である。
 しかし、現実の社会現象としては甚だ不十分な結果しか残せなかったこともまた事実である。そもそも我が国は立憲君主制の国家であり、帝国憲法第二条に「天皇は神聖にして侵すべからず」とあるにもかかわらず、無理矢理に天皇を神格化した勢力があり、それがゲバルトにまで成長発展したという大きな矛盾を解消できなかったのである。

ファシズムは大衆社会から生まれ、大衆社会を変革し、有終の美を飾って後消え去る。

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