残虐非道合戦

さて、今日はどんなネタでブログを書こうかと思い悩んだ挙句、Wikipediaの力を借りることにしました。
今日、4月13日に起きた世界史的出来事を見てみますと、キリスト教関係と第二次世界大戦関係が目立ちます。

1598年- フランス国王アンリ4世が「ナントの勅令」を発布。プロテスタントにカトリックと同等の信教の自由を認める。
1829年- イギリスでカトリック解放令(Catholic Emancipation)が制定、これによりカトリック教徒の信教の自由が公的に保障される。
1856年(安政3年3月9日) - 長崎・下田などの開港地での踏み絵を廃止。
1940年 - 第二次世界大戦: 第2次ナルヴィク海戦がおこなわれる。
1941年- モスクワで日ソ中立条約が締結。
1943年- 第二次世界大戦: ドイツのラジオ放送が、ソ連領内カティンの森でポーランド将校4,000人の遺体を発見と報じる。(カティンの森事件)
1945年- 第二次世界大戦・ウィーン攻勢: 赤軍がウィーンを占領。
1982年- 毎年8月15日を「戦歿者を追悼し平和を祈念する日」とすることが日本の閣議で決定。
1990年- ミハイル・ゴルバチョフソ連大統領が、カティンの森事件がソ連秘密警察の犯行であったことを認め陳謝。

というわけで「カティンの森事件」をテーマにして記事を書こうかと思いましたが、拙ブログを読んでくださるような方々にこの事件の解説をしたところで「釈迦に説法」と思いまして、人間の残虐性非道性について思うところを綴らせていただきます。
まずは二人のロシア人が登場します。
ヨシフ・スターリンとレフ・トロツキー。
スターリンは「カティンの森事件」の加害者側の親方ですし、「大粛清」という中世の異端審問を20世紀に復活させた張本人ですし、残虐非道さでは天下一品の御仁であることに異論はないでしょう。
一方、トロツキーはスターリンの政敵として国外に追放され、亡命先のメキシコでスターリンの放った刺客にピッケルで頭を割られるという惨たらしい殺され方をしているので、可哀想な人のようなイメージがつきまといます。余談ですが、石原莞爾は満州建国大学にトロツキーを教授として招へいしようと画策していたようです。
しかし、その実像は軍事人民委員・最高軍事会議(共和国革命軍事会議)議長として、反革命軍や外国の干渉を撃退したのまではよかったのですが、クロンシュタットの反乱やウクライナのネストル・マフノ率いる農民アナキズム運動への苛烈な弾圧を指示したとして、ある意味スターリンと同じくらい残虐非道な面があったという指摘があります。
革命政権や宗教の指導者にはある程度、残虐非道なところがあっても仕方がない、というよりそれが指導者には不可欠な資質なのかもしれませんね。
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