何の役にも立たない日本近現代史

いきなり日本の近現代史の話となりますが、江戸時代の中期以降は徳川幕藩体制と士農工商の身分秩序によって安定した成熟社会だったわけです。この安定した社会をわざわざひっくり返してやろうなどという者はいなかった。まったくいなかったわけではないんですが、少なくとも誰にも相手にされなかったでしょう。
ところが黒船来航という事件をきっかけとしてにわかに雲行きが怪しくなってきます。グローバリズムの波に巻き込まれたわけです。しかも当時は非常にわかりやすい弱肉強食の世界。弱者や敗者は強者・勝者の奴隷になる運命しかなかった。いわゆる帝国主義というやつです。ここで初めて日本人は目覚めるんです。従来の安定成熟社会の仕組みでは帝国主義列強諸国にとても太刀打ちできない、何とかしなけりゃ、しかし肝心の幕府はまったく頼りにならない。それなら自分たちでどうにかしようじゃないかと。
それで何やかんやと紆余曲折を経たのちに明治の世となるわけです。
明治国家の国策はまず第一に富国強兵。実はこれ切実な状況だったのです。想像してみましょう。腹をすかせた猛獣が放し飼いになっているサファリパークを丸腰で歩いている、あるいはやっとの思いでマイホームを手に入れたと思ったら両隣がヤクザの事務所。しかも互いに抗争中で斬った張ったの毎日。
とても生きた心地しませんよね。
日清・日露という対外戦争に勝利して、ようやく近代国家の一員として認められるようになったのです。
その後、大正デモクラシーの時代を経て、昭和に入り軍の偉いさんが必要以上に威張りだしてくるようになりました。このあたりの時代の流れ、結構誤解している方が多いので詳しく説明したいところなのですが、これをやりはじめたら一冊の本になるくらいなので、ここでは簡単に述べます。大衆社会の誕生と普通選挙の発足はその後の社会に良かれ悪しかれ大きな影響を与えることになりました。オルテガ・イ・ガゼット『大衆の反逆』そのものですね。
「軍部ファシズム」とか「天皇制ファシズム」というわけのわからない言葉が使われたりしますが、本場のファシズムの足元にも及ばない状況であったことは言うまでもありません。
それでまあ、満州事変、シナ事変、しまいにはアメリカにまで盾ついてわけですが、堪え難きを堪え、忍び難きを忍んでがんばったけど、もはや限界、悔しいけどここで喧嘩は一旦終了、みんなで力を合わせてやり直そう、いつか必ず奴らを見返すときがくるから。と、畏れ多くも天皇陛下の大詔によって戦後という今に続く新しい時代を迎えたわけです。
すこし端折りますけど、池田隼人内閣の所得倍増計画以降、経済は急成長し、ぐんぐんと国民の生活水準は向上していきます。ちなみに私は昭和40年生まれ、東京オリンピックの翌年。高度経済成長期の真っ只中でした。
経済成長の背景には東西冷戦という国際事情とその影響下によるいわゆる55年体制と呼ばれる政治状況があったわけです。自民党単独内閣による保守政権とそれに対する野党第一党の社会党が熱戦を繰り広げていた、というのは表向きで、実際には八百長プロレス興行だったのです。何回かエキサイトして場外乱闘に発展したこともありますけどね、例えば安保闘争とか。
八百長でも構わないのです。平和で豊かな社会。明るい未来が見える社会。努力が報われる社会なら。その正反対がソ連東欧中国の共産主義国家でしょう。日本でも進歩的知識人とかいうペテン師は共産主義国家を褒め称えたりしてましたけど、国民の大多数は共産主義に嫌悪感、恐怖感を持っていました。
 ゆえに、自由主義市場経済も結構だが、あまりやりすぎて貧富の差が拡がると共産主義者が付け入ってくるぞ、だからほどほどに、というわけでまったくの自由放任経済ではなくある程度は国が介入し、経済的・社会的弱者には社会保障の充実で底上げしていこうという体制が長いこと続いてきました。もちろん基本路線は経済成長ということに変わりはありません。こうして昭和のパラダイムというものが定着していったのです。
ところが、現在の社会構造は昭和の時代とかなり異なっています。そうはいっても昭和のパラダイムの中で育ち、学び、働き、産み育んできた実績をお持ちの方は、そう易々とパラダイムシフトに適応できないでしょう。それが当たり前なんです。
ひとことで申し上げますと昭和のパラダイムにとらわれていて、現在のパラダイムに適応できていらっしゃらないだけのこと。なにも気にする必要はありません。あなたの考え方の枠組み、価値観というものは典型的な昭和のパラダイムそのものに他ならない。ただし残念ながら米ソ冷戦体制の終結にともなって我が国の55年体制、即ち保守と革新の八百長プロレス興行もたちいかなくなってしまった訳でして、努力をすれば必ずとは言い切れないものの8~9割の高確率で報われる成長社会のパラダイムは最早過去のものとなってしまいました。
成長社会のパラダイムでは鬱病など「怠け」や「甘え」で片づけられていたかもしれません。それは必ずしも誤りとは言い切れません。なぜなら、成長社会とはある種の戦争なのです。戦争という言い方を競争と変えてもかまいません。現実に東西冷戦とその代理戦争としての朝鮮戦争、ベトナム戦争その他諸々の小競り合いが絶えませんでした。戦争中は鬱病や自殺の発生率は極端に低下します。それはデュルケームによる研究の他、数々の統計によって実証されています。
ここ数年来我が国の年間自殺者数は約3万人、交通事故による死者の約3倍です。いつだったかある国会議員が数年ぶりに自殺者が3万人を下回った、これは我が党の政策の効果だなどと馬鹿なことを言っていましたが、それはともかく、昭和の成長社会のパラダイムでは理解不能な事態となっているのです。
おわかりいただけましたでしょうか?
冷戦終結後、自由放任経済至上主義の世の中となりました。この世は弱肉強食の適者生存の法則が支配する社会です。また正直者が馬鹿を見て、ずる賢い奴だけが勝ち組になるようなある意味嫌な社会です。
要領の悪い私のような人間は今の社会ではどこへ行ってもお荷物になるばかり。

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