これも武勇伝には程遠い

離婚調停が成立し正式に離婚。ついでに長年務めていた仕事も辞めた。退職金と失業給付でやりくりしながら、ストレスでボロボロになった心のリハビリのため、しばらくのんびりしようと車で放浪の旅を続けていた頃の出来事。
ある地方都市の街のはずれの国道で右翼の街宣車(マイクロバス型)とすれ違った。黒塗りではなく白塗りであった。それはどうでもよい。わたしが気に触ったのは流していた曲が軍歌や戦時歌謡、谷村新司「群青」、さだまさし「防人の歌」、佐々木功「宇宙戦艦ヤマト」といった右翼の街宣者には定番の曲ではなく、いわゆるJポップというのだろうかTVCMで当時良く耳にしていた浜●あゆみ(推定)の曲であった。
浜●あゆみが嫌いとか好きとかの問題ではなく、白地のボディーに団体名と「自主憲法制定」のスローガン、そしてお約束の日の丸と旭日旗を描いた堂々たる街宣車がその手の曲を流していることの違和感に我慢がならなかった。
すぐにUターンして例の街宣車を追いかける。信号に引っかかって停まったところをこれ幸いと、街宣車の前方に割り込んでスピン・ターンで進路を塞ぐ。街宣車から白いジャージ姿の金髪のアンちゃんが飛び出してくる。わたしも車を降りてそのアンちゃんと対峙する。
「何すんだよゴラぁ!あぶねーだろ、オイ」
「この曲は何だ、一体どういうつもりだ?」
「はあ?」
「こんな阿婆擦れ女の歌などを流しおって、折角の立派な街宣車が泣くぞ!」
「えっ………」
「お前ら右翼運動をなめておるのか?恥を知れ!責任者を連れて来い!」
「えっ、いや、その………」はじめの威勢の良さはどこへやら。借りてきた猫のように萎縮するアンちゃん。
そこへ「どうかしましたか?」と冴えない身なりだが眼つきだけは鋭いオッサンがやってきた。所轄警察署の公安課の私服警官、業界用語で言うところの「デコスケ」であることは一目でわかった。「通行の邪魔になるからこの先のパチンコ屋の駐車場に移動してください」私はデコスケの指示に従って車を動かした。街宣車とデコスケの車もついてきた。
パチンコ屋の駐車場で私は改めて金髪のアンちゃん、デコスケのオッサンに加え、新たに街宣車の運転手と思われるスキンヘッドにボンボリのサングラスでやはり白いジャージ姿の年齢不詳の男、さらに若いデコスケの四名と対峙することになった。
オッサンの方のデコスケが恭しく名刺を差し出しながら言った。
「私は××警察署のこういう者です。何があったのかお伺いしてもよろしいでしょうか?
それと大変失礼ですが先生の免許証をお見せ願いますか?」
面倒なことになったなあと思ったが、相手は私のことを「先生」と呼んだのだから悪いようにはされまいと踏んだ。ちなみにそのときの私の身なりは肩まで伸びた蓬髪を後ろで束ね髭面、紺色の作務衣というスタイル。筋金入りの一匹狼右翼あるいは古武術の師範のように見えなくもない。ここはひるまずにこっちのペースで押し通すに限る。まずは素直に免許証を提示した上でこう述べた。
「憂国の情止みがたく職を辞して各地を行脚し説法を行ってきましたが、このような見苦しい、もとい耳障りな曲を流す街宣車に遭遇し、これはいかん、国家存亡の危機と思い、一言説教してやろうとしたまでのことです。他意はございません」
免許証と私の顔を何度も見比べていたデコスケは私に免許証を返してこう言った。
「まあ、お気持はわかりますが、あまり無茶をしてはいけません。私の方からもあいつらにはよく言い聞かせておきますので今日のところは勘弁してやってもらえませんでしょうか」
「わかりました。私の方こそご迷惑をおかけして申し訳ございません」
「いえいえ、また何かありましたら私のところへご連絡ください。では道中お気をつけて」
顔にこそ出さないが一刻も早くこの場を立ち去ってくれという気持がひしひしと伝わってきた。
「では、これにて失礼します」私はデコスケ達と白いジャージ姿の二人に頭を下げた。
「ご指導ありがとうございました。どうぞお気をつけて」スキンヘッドがこう言って、金髪と一緒に深々と頭を下げた。
実にしょうもない出来事であったが、デコスケに先生呼ばわりされるのはいい気分であった。まあ、この程度のことでいい気分だなどと言っているから、いつまでたってもうだつが上がらないのだなあ。そう思うと少し悲しくなってきた。

"これも武勇伝には程遠い" へのコメントを書く

お名前
メールアドレス
ホームページアドレス
コメント