革命的侵略戦争

近代史上最大のパラダイムシフトは第一次世界大戦に他ならない。
しかし、これはあくまでも戦場となったヨーロッパ及びその周辺に限定されており、一応は戦勝国であった大日本帝国でさえ、一部の軍人や知識人を除いてこのパラダイムシフトをほとんど認識していなかったと思われる。
これが後に大日本帝国の崩壊へと繫がるのであるが、逆に考えるとヨーロッパ的世界秩序とは別のパラダイムが存在し、大日本帝国はその中を進み続けてきたことになる。
ヨーロッパ諸国にとって第二次世界大戦は第一次世界大戦の最終的戦後処理であって、歴史的必然性に裏付けられた出来事であるが、大日本帝国にとっては全く異なる位置づけとなることを見逃すことはできない。
断言しよう。満洲事変から日米開戦に至る大日本帝国陸海軍の軍事行動は第一次世界大戦後の世界新秩序の欺瞞に対する挑戦であり革命的な蜂起であったことを。
それは紛れもない侵略戦争であった。大日本帝国は侵略国家であった。ただし、アジアを植民地支配してきた欧米諸国に対するものだが。
前にも述べたが大東亜戦争は欧米諸国の白色人種世界に対する侵略戦争であり、かつ革命戦争であった。大東亜戦争終結後のアジアの植民地独立はその流れにおいて避けることのできない結末であった。
ゆえに、大東亜会議のホスト役であった東条英機は植民地宗主国である欧米の恨みを買って処刑されたとも言えるのである。
「植民地解放のための侵略戦争」というと一見パラドキシカルな定義こそ大東亜戦争の本質ではなかろうか。そこでタイトルにあるとおり「革命的侵略戦争」という言葉を思いついた次第である。

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