ニュルンベルク裁判と東京裁判

極東国際軍事裁判(東京裁判)は不当な裁判だというご意見はよく耳にします。ある意味御もっともです。また、ニュルンベルク裁判と同等に扱うことは不当だという意見もありますが、「そりゃねーだろ、仮にも同盟国だろ、自分だけいい子になってんじゃねーよ」と言いたくなるのは私だけでしょうか。

1943年(昭和18年)インドの独立運動家チャンドラ・ボースはドイツ海軍のUボートに乗り込んでフランス大西洋岸を出航、2ヶ月以上に及ぶ長い航海の末、インド洋マダガスカル島沖で帝国海軍の伊号潜水艦に乗り換えてスマトラ島へ。そこから飛行機で最終目的地東京にたどり着いた。
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以上のような事実からもナチスドイツと大日本帝国は義兄弟のような同盟国であったことがわかるでしょう。たしかにナチスドイツはえげつないことをやってのけたけど、それを非難するのは容易いが敢えて肯定してみることが大事ではないでしょうか。いや、むしろここでナチスドイツを肯定できなければ「東京裁判史観がーっ!」といくら喚いたところで「おめーらもナチスドイツと同類だろ。ドイツは戦後反省してっぞこら!」とアジア諸国やそのちょうちん持ちの連中に反論されて終わりでしょう。
ナチスドイツはともかく大日本帝国もさらに連合国側諸国も戦時国際法違反を何度も犯しているし「人道上」許されないことに手を染めているのです。
ここでおさらいです。スイスのプロテスタント神学者カール・バルトがナチスドイツによるユダヤ人絶滅政策いわゆるホロコーストを非難し、スイス連邦政府にドイツへの宣戦布告を陳情するほどに到ったのは、決して「人道的」な倫理感から発したものではありませんよね。
そこらへんがわからないとホロコーストも含めた上でナチスドイツを肯定するのは難しいでしょう。

閑話休題。
ご存知の方も多いと思いますが、極東国際軍事裁判の過程で大川周明が発狂して東条英機の頭を引っ叩くシーンがあります。さぞかしいい音がしたでしょうね。
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