エルンスト・ユンガーの著作から学ぶ

エルンスト・ユンガーのエッセイ『総動員』をテキストとして国家と戦争のあり方を考察してみる。
「さらにまた次のことが判明する。すなわち、一般的人権への信仰の後期において、戦争による破壊に直面したとき君主制的構造は特に脆弱であるということ、これである」(『追悼の政治』川合全弘訳より引用)
これは第一次世界大戦において敗戦国となった中央同盟国側のオーストリア=ハンガリー帝国、ドイツ帝国、オスマン帝国および連合国側でありながら革命によって帝政の終焉を迎えたロシア帝国のことを総括した記述である。
第一次世界大戦に始まる「総力戦」体制は、テクノロジーの進化もさることながら、臣民による忠誠によって担保される封建制あるいは絶対王政時代には実現不可能であることはいうまでもない。
フランス革命以後の市民=ブルジョワジーによる政治参加という体制が整ってはじめて、国民の義務としての兵役という制度が生まれたのであるが、同時にこれは権利(政治参加としての)でもあることを見逃してはならない。正反対のケースとしては我が国の豊臣秀吉による刀狩りに始まる兵農分離から徳川幕藩体制における固定的身分制度の定着(これが約260年にもわたる太平の世という世界的にも稀な状況を維持したことは言うまでもない)によって支配階級である武士以外は軍事から完全に遮断さえていたのである。
明治維新以後の富国強兵政策(これは弱肉強食の世界情勢の中で自立していくには必要不可欠であった)にともなう徴兵制度の実施によって、国民の義務として兵役が課せられたのであるが、これは同時に戦争に参加する権利を与えられたとも受け取れるのである。これは日清戦争、日露戦争における日本軍兵士の士気の高さにつながるといっても過言ではなかろう。
もっとも我が国において総動員体制が確立したのは昭和13年(1938年)第一次近衛内閣において「国家総動員法」が制定されて後のことである。これに先駆けて大正14年(1925年)に加藤高明内閣において普通選挙法(成人男子に限る)が制定されているが、第一次世界大戦(当時は「欧州大戦」と呼んだ)の教訓を踏まえた政策として、両者には関連性があってしかるべきと考えている。
第二次世界大戦は枢軸国側も連合国側も総動員体制で戦争に臨んだのであるが、もはや君主制も共和制も独裁制も民主制も大差はない。兵士の士気だけではどうにもならない状況であった。すなわち工業力が戦の勝敗を決する時代に到ったのである。
第二次世界大戦における連合国側の勝利は民主主義の勝利だなどというデマゴギーが今尚流通しているが、実際はテクノロジーの勝利であったにすぎないのである。

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